政治哲学においてよく議論される左派リバタリアニズムとは、理論的な出発点として自己所有権に依拠しつつも、天然資源や未所有な資源が産み出しうる価値や機会に対して平等主義をとる立場である。
このページでは、左派リバタリアニズムの代表的な論客の一人である、ピーター・ヴァレンタインの説明に依拠しつつ概観する。
左派リバタリアニズムの概要
ヴァレンタイン(2012)における議論の展開として、以下の2ステップに分かれる。
自分自身を完全に所有することについて、いくつかの権利のセットであることを述べる。その後、権利のうち「非合理的な損失に対する免責」が他の権利と緊張関係を持つことを指摘する。また、権利セットのうち、「干渉に対する請求権」「自由に使用する権利と他社の使用を許可する権利」「他者に譲渡する権利」について、想定される指摘に対して反論を行う。
完全な自己所有権について整理したのち、完全な自己所有権について当てはまらないと想定される天然資源について、使用や処分の権利について考察する。ヴァレンタインは、ノージック的な右派リバタリアニズム(使用や処分は自由)や、中道的なリバタリアニズム(一定量の分け前を残すべき)に対して不十分であるとし、平等主義的な形で皆に属すると主張する。その後、その配分の考え方について検討し、機会均等的な形での配分が望ましいと述べる。
上記のステップを見てもらうとわかる通り、前半は他のリバタリアニズムにも通用しうる形(もっと言ってしまえば、ノージックよりも厳密に分析し、分解可能にした形)で自己所有権についてコミットし、権利の概念について分析するが、後半では左派リバタリアニズムにとって特徴ともいえる、「天然資源の権利」をめぐって、平等主義的な立場から議論を進める。
ヴァレンタインと並んで代表的な論者であるスタイナー(2022)は、左派リバタリアニズムの特徴として、自己所有権と天然資源の権利という2つの基本的な権利から、分配的正義の規範を構成し、かつロールズ以降の平等主義の議論で着目される概念である責任への感応(responsibility-sensitive)を生み出すことを述べている。天然資源に対する権利を自己所有権と並んでで根源的なものとみなすことで、右派リバタリアニズムが持つ「早い者勝ち」からくる不平等な富の蓄積に対して、後発者の自己所有権を侵害し、責任への敏感さを欠くと批判する。
天然資源をめぐる問題
ここで、「どうして天然資源をめぐって議論しているの?」と疑問に思うのも当然である。これには、リバタリアニズムの根本的な考え方が関係してくる。
リバタリアニズムにおいてロバート・ノージックが提出した考え方によれば、「モノを所有する」ことについて、「最初の取得」「取得したモノの移転」「不正に対する対処」の3つの原理で考えている。(いわゆる「歴史的権限理論」)ここから、「保有したものの再分配」を行うロールズの配分的正義は不正だと論じる。乱暴に言ってしまえば、「正しい手続きで獲得したものに対して、国家がまた再分配するのはおかしいですよね?」という主張である。
ここでとりわけ問題になってくるのが、「最初の取得(原初取得)」である。
ジョン・ロックは「最初の取得」の問題に関して、他人に十分かつ同質のものを残しておくような但し書きを付けていた。(背景には、17世紀イギリスの囲い込み運動に対する正当な擁護が必要であった)しかし、その場合土地などの原初取得がほとんど認められないため、ノージックは他者の状況を悪化させない場合に限るとして解釈していた。
しかしヴァレンタインは、ノージックのに従ってしまうと、とりわけ天然資源のような運良く獲得できたものが莫大な富や幸福が得られることは不公正であり、獲得できなかったものに対する評価が著しく低くなると考察した。また、中道的なリバタリアニズム(シモンズ)における「天然資源の分け前を残すべき」という考えに対しても、平等主義的な観点から見て不十分だと述べ、全員に帰属するものだと主張する。
つまり、左派リバタリアニズムは、ノージックが提示した基本的な規範体系を踏まえつつも、ロック的但し書きを平等主義的に解釈することで、右派リバタリアニズムに対するロック的但し書きをめぐる批判(コーエンなど)に対して、自己所有権テーゼの正当化を試みている。
天然資源をめぐる分配の考え方について
では、天然資源の分配をめぐって、左派リバタリアニズムはどのように考えているのであろうか。
ヴァレンタインはまず、価値の均等配分の考え方について言及する。これはヴァレンタインと並んで左派リバタリアニズムをヒレル・スタイナーの考え方であり、天然資源が産み出す価値のうち、取り分から超過したものに対して、配分から超過する分を他者に補償すべきだという考え方である。ヴァレンタインは、不十分な平等主義であると述べ、内的資質の不利を相殺しきれていないと述べる。(筆者:どうしてここで内的資質がでてくるるかはよくわからない)
次に、マイケル・オーツカの機会均等配分の考え方について言及する。これは、天然資源から得られた幸福の機会に対する均等配分と、超過分に対する補償である。ヴァレンタインはこの考え方に同意している。
左派リバタリアニズムに対する評価
日本の代表的なリバタリアニズム研究者である森村進は、以下のように述べている。
左翼リバタリアニズムはやはりリバタリアニズムの中に入れない方がよいだろう。なぜなら経済的自由とは、(中略)要するに私的所有権や、契約の自由も含んでいるからである。(中略)いずれにせよそれは政策的考慮によって再分配されるものではない。(中略)左翼リバタリアニズムは、リバタリアニズムの核心に確かに存在する自己所有権テーゼを不自然なほど狭い形だけで認めた、福祉リベラリズムの1ヴァージョンだと理解するのが適切である。
森村(2001), pp31-32.
また、井上(2008)も、自己所有権テーゼと平等について、強制性と自発性、事前主義と不確実性の2つの観点から両立しないと述べる。
- 強制性と自発性
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左派リバタリアニズムは、自己所有権と、そこから生み出された完全義務(権利の尊重や権利侵害に対する刑罰と相関的なものとして位置づけられる義務)の正義の体系によって、他者の強制性を排しているが、自発性の条件は考慮されていない。(例えば、身体障害によって十分に働けない場合は、自由を阻害する強制性は介在していないが、自発的な選択といえるのか)また、左派リバタリアニズムの平等主義的但し書きが有効なのは天然資源の原初獲得のみであり、そこに由来しない不平等(例えば生まれながらの能力差)に対しては理論的に是正できない。
- 事前主義と不確実性
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先立つものの正しさが事後の正しさを決める事前主義は、現代の市場社会の特徴である不確実性と相容れない。不確実性がもたらす不平等に対して、左派リバタリアニズムは是正できない。
互恵的リバタリアニズム(Reciprocal libertarianism)
左派リバタリアニズムの一種に互恵的リバタリアニズムがある。これは、自己所有の概念に加えて、互恵性の概念に基づいて平等の正当化を試みる。
互恵性を取り入れることのメリットは、自己所有権と互恵主義の適用範囲が異なるため、両者が衝突しないことが挙げられる。自己所有権とそこから派生する権利は身体の所有から派生するものに対し、互恵主義は外部資源の再分配であるため、これらの権利は基本的に抵触しない。また、仮に抵触した場合は自己所有権を優先することで、自己所有権の侵害を回避することができる。
これに対しては以下のような指摘がある。
自己所有権と互恵性は前者を辞書的に優先させて緊張回避しているが、外部資源の権限について互恵性の制約をかける(つまり左派リバタリアン的な制約を実質化する)のであれば、自己所有権にもそれが一貫されないことの是非が問われるのではないか。もちろん、されたらかなり嫌なことになる。
吉良貴之.(2022). https://twitter.com/tkira26/status/1534024695619604482?s=20&t=iTikSqfRqhATLJTV5li-QQ
筆者の評価
筆者は新古典的自由主義と左派リバタリアニズムの違いを調査するために本記事を執筆した。井上(2008)が述べているように、左派リバタリアニズムは右派リバタリアニズムに比べれば平等主義的な側面はあるものの、社会的弱者に対する福祉の規範的な擁護という観点で見ると、右派リバタリアニズムと同じくらい弱みを抱えているのではないか、と考えている。その点、社会正義を擁護する新古典的自由主義の方が、平等主義リベラリズムがリバタリアニズムに行ってきた批判を乗り越えられるだろう。(規範として成立していれば、の話であるが)
しかしながら、自己所有権に立脚しつつも平等主義を射程に含められるという左派リバタリアニズムの営みは、リバタリアニズムの理論を現代で発展、応用させていく上で重要なものだと言える。
参考文献
森村進. (2001). 自由はどこまで可能か: リバタリアニズム入門. 講談社.
井上彰. (2008). 自己所有権と平等. 年報政治学, 59(2), 2_276–2_295.
キムリッカ W. (2005). 新版 現代政治理論 (千葉眞 & 岡崎晴輝, trans.). 日本経済評論社.
Vallentyne, P. (2012). Left-libertarianism. Oxford Handbook of Political Philosophy, 152–168.
角崎洋平. (2013). 選択結果の過酷性をめぐる一考察 ―福祉国家における自由・責任・リベラリズム―. 立命館言語文化研究 = 立命館言語文化研究, 24(4), 43–58.
Steiner, H. (2022). Left Libertarianism. In The Routledge Companion to Libertarianism (pp. 229–239). Routledge.
Intropi, P. (2022). Reciprocal libertarianism. European Journal of Political Theory, 14748851221099659.
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