Pluralityが示す思想について

この記事は、2023年4月12日に日本で開催されるPlurality Tokyoに参加するための筆者の準備メモである。なお、筆者の興味関心は「Pluralityと政治哲学の関わり」にあるため、Pluralityとして類されるテクノロジーそのものよりも、概念ないし思想により焦点を当てている。また、メモは随時更新している。

目次

Pluralityと呼ばれる概念について

まず、Pluralityに関して基本的な使われ方を確認する。

 「Plurality(複数・多次元性)」と私たちが呼んでいるものは、社会的および文化的な違いを超えた協力を認識し、尊重し、力を与えるテクノロジーです。(中略)私たちは、デジタル上の人権を確立し、Pluralismを強化し、民主主義社会を繁栄することの全てを実現できるテクノロジーに投資するようになることも可能です。これによって、権威主義や超資本主義を凌ぐことができます。私たちは、すべての人が中央集権的な監視から解放されて、旅行、取引、事業を行い、民主的なコミュニティに参加できるようにするような、新世代の分散型アイデンティティ (DID) テクノロジーを使用して、不可分で部分的に譲渡させられることのないデジタル上の法律的人格の権利をすべての人に与えるために投資することができます。

Audrey Tang, E. Glen Weyl. (2022). PLURALITY: TECHNOLOGY FOR COLLABORATIVE DIVERSITY AND DEMOCRACY. https://www.radicalxchange.org/media/blog/plurality-technology-for-collaborative-diversity-and-democracy/#english

PLURALITY: 一元論、二元論ではなく、多元論。多様で民主的な社会を示すスローガン。

ブロックチェーン、DID(分散ID)、Quadratic Voting/Funding、AI などのテクノロジーを利用してPluralism(多元主義)を実現する民主的な社会を志向する運動が勃興してきている

デジタル分散主義の一つとしての運動

関治之(2023)「ともに考え、ともにつくる地域の未来」
https://docs.google.com/presentation/d/1RWjZW1rRjbcv03SwYwuwzSlWJxowLA4Efy2QjS8J2Tk/edit#slide=id.g2118b463165_0_470

“Plurality”と”Pluralism”の違いについて

次に、PluralityがいわゆるPluralism(=多元主義)とどのように異なるのかについて確認する。

まず、Pluralism(多元主義)であるが、この概念自体、様々な分野によって異なる概念や問題意識を持ち、論争的な概念である。ただ、Pluralityと近接するものとしては、「価値多元主義」「政治的多元主義」などが挙げられる。

例えば、積極的自由と消極的自由の概念で知られる哲学者のI.バーリンは、価値多元主義の議論でも知られており、「価値の基準は文脈や歴史に依存的であり、異なる価値観を比較する共有の尺度は存在しない」「価値多元主義の立場から自由主義や政治的多元主義を支持する」といった特徴が挙げられる。

ここで確認すべきなのは、バーリンの価値多元主義の議論において、「価値多元主義と価値相対主義は異なる」という点であろう。価値相対主義も論争的な概念であるが、「多元主義ではそれぞれの道徳観に対して、道徳的なコミュニケーションと道徳的な理解が可能である」「それぞれの道徳的価値観には人間の基本的な価値に関する共通項がある」といった点で区別している。

後述するG・ワイルも、多元主義に関して、制度的なものと認識的なものに分けたうえで論考を行っているが、「ダイナミズム/リベラリズム」(社会集団の集合の進化が多元主義の成功に不可欠であり、保守的な宗教的・社会的思想と対比)「自治/民主主義」(ファシズムやコーポラティズムと対比)「協力」(ポストモダニズム、ニヒリズム、相対主義と対比)が主要な要素だと指摘している。

経済学者G・ワイルの認識

Pluralityの概念を提示する経済学者のG・ワイルは、前出のエッセイで”Plurality”と”Pluralism”の概念の区別について以下のように言及している。

Throughout this essay I have used the terms “pluralism” and “Plurality” almost interchangeably. I want to now emphasize why I see the need for a separate term Plurality. I believe that what I have outlined above is not simply a political or social philosophy; instead it constitutes a coherent direction for the future of digital technology, explicitly tied to a political philosophy. I believe this is critical because other primary directions of technology today have underlying but often unstated political values that tend to undermine pluralism.

(このエッセイを通して、私は「pluralism」と「Plurality」という言葉をほとんど同じように使ってきました。ここで、なぜ私が「Plurality」という別の用語の必要性を感じているのか、その理由を強調したいと思います。私が上記で説明したことは、単なる政治哲学や社会哲学ではなく、政治哲学と明確に結びついた、デジタル技術の将来に対する一貫した方向性を構成していると考えているからです。なぜなら、今日のテクノロジーの他の主要な方向性は、根底にありながらしばしば明言されていない政治的価値を持ち、多元主義を弱体化させる傾向があるからです。)

Weyl, G.(2022). WHY I AM A PLURALIST. https://www.radicalxchange.org/media/blog/why-i-am-a-pluralist/ (カッコ内は機械翻訳)

ここでの「今日のテクノロジーの他の主要な方向性」とは、AIの分野の言説における、システムの自律性や人間の能力の最大化に焦点を当てようとする方向性や、Web3の分野の言説における、分散型プロトコルや分散台帳のみによって既存の社会システムを代替するだけに留まる方向性があると指摘する。一方で、Pluralityにはこれらとは異なる方向性があると述べる。

In contrast to both, the development of Plurality, technology supporting pluralism, will require an architecture basically different from these, though leveraging tools developed along the way of both trajectories. It will need to build closely on the subsidiary tradition that was core to the imagination of the internet as a “network of networks” with diverse networks local to physical and organizational (academic, government, etc.) communities agreeing to interoperable protocols to enable their heterogeneous networks to interoperate. The thin protocols developed in this first wave will need to be extended to empower a broader range of fundamental rights such as association, property and personhood, in the digital realm through decentralized by social systems of identity, data sharing, payment and so forth. Many of these protocols may harness blockchains for some purposes, but the emphasis of their decentralization will be localization and subsidiarity, as well as networking and interdependence, instead of pure redundancy and prevention of attacks. They will need to explicitly capture, represent, and incorporate social structure, rather than merely guard against “collusion” or “attack”.

(両者とは対照的に、多元主義を支える技術である「Plurality」の開発には、両者の軌跡の過程で開発されたツールを活用しながらも、基本的にこれらとは異なるアーキテクチャが必要となります。物理的、組織的(学術、政府など)なコミュニティに属する多様なネットワークが、異種ネットワークの相互運用を可能にする相互運用可能なプロトコルに合意し、「ネットワークのネットワーク」としてインターネットを想像する上で中核となった補助的な伝統に密接に基づく必要があります。この最初の波で開発された薄いプロトコルは、アイデンティティ、データ共有、支払いなどの社会システムによって分散化されたデジタル領域において、結社、財産、人称などの基本的権利をより幅広く強化するために拡張する必要があります。これらのプロトコルの多くは、ある目的のためにブロックチェーンを利用するかもしれませんが、その分散化の重点は、純粋な冗長性や攻撃の防止ではなく、局所化と補完性、ネットワークと相互依存に置かれるでしょう。また、単に「結託」や「攻撃」を防ぐだけでなく、社会構造を明示的に捉え、表現し、取り込む必要がある。)

Weyl, G.(2022). WHY I AM A PLURALIST. https://www.radicalxchange.org/media/blog/why-i-am-a-pluralist/ (カッコ内は機械翻訳)

これまでの言説を筆者なりに一言でまとめると、Pluralityとは「様々なコミュニティによるネットワークと相互作用を促進する志向性をもつ、多元主義を支える技術的ムーブメント」と言えるだろうか。

私はPluralityという単語や使われ方を見た時、当初は「「多元主義」と何が違うの?」といった疑問を持っていたが、概念が持つ文脈やレイヤーが異なることを踏まえると両者をとりあえず区別できた。

『ラディカル・マーケット』について

G・ワイルは『ラディカル・マーケット』(2018)で、市場範囲の拡大と私有財産に対する課税制度を用いた共有化を提唱している。その中でPluralityの代表的な技術の一つである「二次の投票(QV)」を始めとした重なりが見られる。

市場範囲の拡大についてはリバタリアニズムを中心とする政治哲学で現在も盛んに議論されているトピックである。また、課税制度を用いた私有財産制度の見直しについては、自己所有権と平等主義の両立を目指す左派リバタリアニズムと重なりを見出せる。

二次の投票について(QV, Quadratic Voting)

Quadratic Voting
https://scrapbox.io/tkgshn/Quadratic_Voting

Radical Democracy ― 革命的な民主主義を実現するためのQuadratic Votingについてhttps://alis.to/AB2/articles/aoNXAZLjkY0q

クレジットを平等に配分する。票の購入数の2乗のクレジットを支払って票を購入し、それぞれのテーマに投票できる。

クレジットが平等で分配されるので、デモクラシーの平等の理念は損なわれない。

メモ

Pluralityに関連する情報についてのメモ書きである。

  • ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』の第3部のユートピア論との関連性はあるか?
  • ロールズの政治的リベラリズムとの関連性は?
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この記事を書いた人

東京大学文学部卒。
本サイトでは、リバタリアニズムと呼ばれる思想について、私が勉強した内容を中心に発信しております。
気になる論文を紹介したり、研究者にインタビューするYouTubeチャンネルも運営しております。

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