5分で学ぶJ.S.ミル『自由論』

目次

J.S.ミル『自由論』の背景

まず、J.S.ミルの『自由論』を読むうえで重要な、いくつかの背景知識を解説します。

J.S.ミルとは

J.S.ミルは、19世紀イギリスで活躍した思想家です。経済学者・ジャーナリストであったジェイムズ・ミルの息子でありつつ、功利主義の創始者であるジェレミ・ベンサムの弟子であり、早期教育によって功利主義や様々な学問を叩き込まれました。そして、16歳には功利主義思想家として独り立ちし、活発な言論活動を開始します。

ミルは生涯で実に多くの論文や評論、著作を発表しており、その分野も多岐にわたります。論理哲学の大著『論理学体系』や経済学の大著『経済学原理』などは、ミルの中期の著作として当時から高い評価を得ていました。

そして、晩年になると、政治哲学や倫理学の著作も多く書かれるようになります。議会制民主主義を称揚する『代議制統治論』や独自の功利主義を説いた『功利主義』、女性の権利を主張した『女性の隷従』などが代表的です。

そんな晩年のミルの代表的著作のひとつが、今回解説する『自由論』です。

時代背景

ミルが『自由論』を公刊したのは、1859年です。当時は、資本家がかなり力を持つようになっていた時代であり、1832年の第一次選挙法改正では選挙権が資本家まで拡大しました。

他方、労働者階級の存在感も徐々に増してきていた時代です。第一次選挙法改正で選挙権を得られなかった都市労働者によるチャーティスト運動なども行われ、その結果は1867年の第二次選挙法改正へと結実します。さらに、1884年の第3次選挙法改正では、農村労働者にまで選挙権が広がりました。

このように、ミルが生きた時代のイギリスでは、民主主義が急速に拡大していった時代だったのです。

J.S.ミルの問題意識

そのような時代の中で、ミルは民主主義の思想家として多数の政治評論や『代議制統治論』を発表し、民主主義の拡大に貢献します。しかし、一方で、ミルの問題意識は民主主義の問題点にも向けられていました。

その問題のひとつであり、ミルが『自由論』で糾弾したのは、民主主義社会における「多数者の専制」でした。これは端的に言えば、集団の中の多数意見を持った側が、少数意見を持つ側を抑圧しているという現象を指します。ミルは、たとえ少数意見であっても抑圧すべきでないということを、『自由論』を通して主張しています。

ちなみに、ミルはこの「多数者の専制」というアイデアを、同時代のフランスの思想家・アレクシス・ド・トクヴィルから学んだと考えられています。

トクヴィルは、1835年と1840年に、『アメリカのデモクラシー』という著作を公刊しました。アメリカの民主主義を詳細に観察した本書で、トクヴィルはアメリカ社会に「多数者の暴政」が見られることを指摘したのです。

ミルはこの著作を読んで感動し、その後トクヴィルと親しい交友関係を築きます。『自由論』の構想も、トクヴィルとの交流や『アメリカのデモクラシー』からの影響が大きいと考えられます。

J.S.ミル『自由論』の概略

ここからは、J.S.ミル『自由論』の内容を解説します。以下の解説は、関口正司訳『自由論』(岩波書店、2020)を参照しています。

『自由論』で論じられる「自由」とは何か

ミルはまず、『自由論』で論じる「自由」とは何を指すのかを定めます。

政治哲学者のI.バーリンが「自由」には歴史上200もの意味があったと指摘したように、西洋政治思想史の伝統の中で「自由」という言葉は実に多様な意味で用いられてきました。そのため、自由を論ずる際には最初にその定義を確認することが重要です。

ミルによれば、『自由論』で論じられるのは「意志の自由」ではなく、「市民的・社会的自由」です。

「意志の自由」とはすなわち自由意志のことで、これも西洋思想の伝統的な問題です。ミルは1843年の『論理学体系』第6巻で自由意志についても論じています。

しかし、『自由論』の主題はこれではなく、「市民的・社会的自由」です。これは、「個人に対して社会が正当に行使してよい権力の性質と限界」の問題と言い換えられています。つまり、社会の抑圧に対する自由の問題ということです。

「多数者の専制」

古来、西洋社会では王や貴族、聖職者などが大きな権力を握っていました。彼らは社会の中の少数派でありながら、多数派である民衆に対し強大な権力を行使し、時には民衆の自由を抑圧していました。

ただ、先述のようにミルが生きた時代は民主主義が拡大する時代であり、王や貴族、聖職者による専制という問題はほとんどなくなっていました。そのため、民主主義が定着すれば自由の抑圧という問題は存在しなくなるという考えが一般的でした。ところが、ミルは民主主義社会でも自由の抑圧の問題が生じることを指摘したのです。

ミルが指摘した問題は、「多数者の専制」という問題です。昔は王や貴族、聖職者などの少数者が強大な権力を持っていましたが、それが民主主義社会では逆転し、多数者である民衆が強大な権力を持ちます。そして、その強大な権力で多数者が少数者を抑圧するという現象が生じるのです。

「自由原理」

ミルはこのような「多数者の専制」という問題を解決するため、社会(多数者)の権力の範囲を定めるために、あるひとつの原理を提示します。それは、「誰の行為の自由に対してであれ、個人あるいは集団として干渉する場合、その唯一正当な目的は自己防衛だ」という原理です。

これが一般的に「自由原理」または「危害原理」などと呼ばれている原理です。

ここで、ミルは行為を次の3つに分類しているとされています。

  1. 「行為者本人にのみかかわる行為」
  2. 「他者にも影響を与える行為」
  3. 「他者の重要な利益を侵害する行為」

そして、ミルは3つ目の「他者の重要な利益を侵害する行為」のみ自由を制限することが正当化され、他の行為は行為者の自由にさせるべきだと主張しているのです。すなわち、他者の幸福を侵害しないような行為には社会は干渉すべきでないという主張です。

自由を守るべき理由

続いて、ミルは自由を守るべきである理由を、具体例とともに列挙していきます。その理由をまとめると、次の3つです。

  1. 抑圧しようとしている意見・行為が正しいかもしれない
  2. 抑圧しようとしている意見・行為が誤っているとしても、反対意見を持たない意見はドグマ化して堕落する危険がある
  3. あるひとつの意見・行為が完全に正しい、あるいは完全に誤っているということはほとんどなく、たいていの意見・行為は部分的に正しく部分的に誤っている

1つ目の理由はわかりやすいでしょう。ミルは、人類には避けられない「可謬性」があり、必ず間違いは起こると主張しています。そのため、たとえ社会の圧倒的多数が支持している意見であっても、もしかしたら誤っているかもしれないのです。

一方、ミルは誤っている意見・行為も抑圧すべきではないと主張します。たとえその意見・行為が正しいものだとしても、絶えず反対意見に耳を傾けて議論する姿勢が必要だという主張です。そうしないと、自分の意見・行為の根拠を忘れてしまい、よくわからずにその意見・行為を支持するという危険な状態に陥ってしまうからです。

最後の理由として、ミルはたいていの意見・行為は部分的に正しく部分的に誤っているという見方を示します。あらゆる意見・行為には「部分的真理」が含まれていると指摘しているのです。そのため、より正しい意見・行為へと近づくためには、特定の意見・行為を抑圧せずに、議論をしてブラッシュアップすることが必要になるのです。

個性の尊重

以上のように、自由を守るべき理由としてミルが挙げている3つを見てみると、ミルが進歩を非常に重視していることがわかります。他人の幸福を侵害しない限りで、あらゆる意見を尊重し議論すること、あらゆる行為の実験を許容することによって、より正しい意見・行為へと近づくことが目指されているのです。

ここには、「進歩する存在」というミルの人間観が見て取れます。

先述のように、ミルは自由主義者である以前に功利主義者でした。功利主義を要約すると、結果として社会全体の幸福が増大することを目指そうという思想です。ただ、ミルは低俗な快楽を幸福とは認めず、向上心を持って前に進むことこそが幸福であると考えています。

ここで重要になるのが「個性」という要素です。ミルは『自由論』第3章において、「個性」を主題として議論を進めています。それによると、人間には多種多様な能力や可能性、すなわち「個性」があるとされます。そして、ひとりひとりの「個性」の発揮を最大限に許容することが、人類の進歩に、さらに幸福につながると主張しているのです。

このように、「個性」の議論が、ミルの功利主義と『自由論』をつないでいると言えるでしょう。人によって異なる多種多様な「個性」を尊重する社会、すなわち自由を認め合う社会こそが、功利主義的に見ても理想の社会であるとされているのです。

まとめ:自由を許容しあう社会へ

以上、J.S.ミルの『自由論』を解説してきました。

ミルの問題意識には「多数者の専制」という民主主義社会の問題点があり、その解決を図るために「自由原理」を提示しました。「多数者の専制」と「自由原理」はどちらも、現代においても検討に値する概念であり、政治哲学で自由を論じる際には避けては通れない議論と言えます。

それだけでなく、『自由論』は個人の自由を本格的に論じた最初の著作であるともみなされています。現代までに、自由主義にも様々なバリエーションが出てきていますが、『自由論』は自由主義の古典としての輝きを失ってはいないと言えるでしょう。

参考文献

  • J.S.ミル. 関口正司. 2020. 自由論. 岩波書店
  • J.S.ミル. 関口正司. 2021. 功利主義. 岩波書店
  • J.S.ミル. 塩尻公明, and 木村健康. 1971. 自由論. 岩波書店
  • J.S.ミル. 江口聡, and 佐々木憲介. 2020. 論理学体系4. 京都大学学術出版会
  • 田中拓道. 2020. リベラルとは何か:17世紀の自由主義から現代日本まで. 中央公論新社
  • 関口正司. 1989. 自由と陶冶:J.S.ミルとマス・デモクラシー. みすず書房
  • J.グレイ, and G.W.スミス. 泉谷周三郎, and 大久保正健. 2000. ミル『自由論』再読. 木鐸社
よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

九州大学法学部卒、同大学法学部修士課程中退。専攻は西洋政治思想史・J.S.ミルの政治思想。

コメント

コメントする

目次
閉じる